>>2 仮に日本がしゃしゃり出なくて清と李朝が直接交渉しても、現状に近い状態だったんじゃないか?
第二次日韓協約により韓国の外交権を接収した日本は、
中国韓国間で不確定であった間島における韓国人の居住の承認と引き換えに中国の領有を認め、
さらに満州5条件(日清協約)で利権獲得を図った。
中国が日清戦争で敗れて弱まり、また義和団の乱で南下したロシアの勢力を利用して韓国政府は
自国領土との認識で間島に管理使を派遣、中韓間の国境紛争になった。
第二次日韓協約で韓国の外交権を握った日本は、間島に韓国統監府の出張所を設け、
伊藤博文韓国統監は、中国の弱体化に乗じて韓国領として日本の属領化を図ろうとした。
しかし、中国側の強硬な態度に抗しきれず、また満州5条件での妥協を策して
間島の中国領土確認と韓国人の居住権土地所有権確保を求めて「間島ニ関スル協約」を締結した。
日本側は領事警察を配してこれの取り締まりに当たり、一方の中国側は朝鮮人を弾圧して日中間の紛争は激化した。
現在の韓国では、第二次日韓協約が強請によるもので無効であって、その無効な外交権掌握の結果の日清協約は無効であり、
間島は朝鮮領であるという論が優勢である。